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付着塵の性質①


前回ご紹介した付着塵カウンター(APC)の続きです。

 

APCの原理自体はごくシンプルで、プレート上に付着した異物を撮影し、画像処理などを行いながら個数をカウントしていきます。これは私たちが目視で異物を1個、2個、3個・・・、とカウントするのと同じような作業ですが、そもそもAPCの開発は黒いプレート上のホコリを見た時に「人間の目で見えるような異物なら、画像解析で自動カウントもできるんじゃない?」と考えた単純なアイデアがスタートでした。もちろんAPCでは目視よりも遥かに高速・高精度に行われますし、現在では目視ではほとんど見えないような異物の検出も可能になっていますが、基本的には人間の目視&カウントのアルゴリズムをコンピュータ上に再現した装置だという点に変わりはありません。

 

これと同じように私たちが目視で異物をカウントする時には、その大きさの情報も得ています。もちろん目視ではさほど厳密なものではないとしても、その異物が大きいか小さいかを見た目で判断できる事はイメージしていただけると思います。APCにはこの機能も組み込まれており、異物のカウントを行いながらその大きさを瞬時に演算し、層別して記録する機能を持っています。

 

 

上のグラフは3種類の標準粒径ガラスビーズ(小:38〜53μm、中:125〜150μm、大:350〜500μmを使ってAPCのサイズ判定能力の評価を行った結果で、横軸はAPCによるサイズ判定結果を、縦軸はビーズ直径の顕微鏡による実測値を示しています。APCのサイズ判定は面積ベースで行なっている事もあり、ビーズ直径とは単純な直線関係にはなりませんが、両者に相関があるのは見ての通りです。

 

さて、この例ではサイズが既知のガラスビーズを模擬的な異物と見なし、意図的にプレート上に置いた状態で計測していますが、実際に室内を浮遊しながら飛来してプレートに付着する一般的な異物ではどのような傾向になるのでしょうか。次のグラフでは自然にプレート上に付着した異物を測定した結果を加えてプロットしています。

 

このグラフ上で黄色のマーカーで示しているのが一般的な付着塵で、青い丸は先ほどの標準粒径ビーズを表しています。今回も縦軸の各異物サイズは顕微鏡で実測していますが、ビーズと違い普通の異物は様々な形状がありますので、最も長い寸法(長辺)で表示しています。

 

この結果からまず解るのはAPCでは約20μmを超えるサイズの異物から検出されている事です。最小検出サイズは解析パラメータによっても変化しますし、更に言えばカメラやレンズの解像度によってもっと小さな異物を検出する事も可能ですが、現在は比較的粗大で浮遊塵として捉えるのが難しいサイズの異物検出に特化した装置としてこの感度に設定しています。

 

次に異物サイズ20〜100μm程度までは比較的安定した相関関係を示しているグラフが、それ以上の領域では(相関関係は保ちながらも)バラツキの範囲が大きくなっている事が興味を引きます。顕微鏡での観察結果を合わせて考えてみると、20〜100μmの領域では長辺と短辺の差が少ない粒状の異物が多いのに対し、100μm以上ではフレーク状や繊維状の異物が増えていき、特に長辺500μmを超えるような異物はほぼ繊維状の異物に限られてきます。こうした実態と、先ほど説明したようにAPCでは面積ベースでサイズを判定している関係上、細長い形状になる傾向が強い大きな異物ほど相関が崩れるものと思われます。

 

 

この事を逆に言えば一般的な環境下で長辺500μmや1000μmを超えるような粗大異物が浮遊→付着という侵入経路を取るとすれば、そのほとんどが繊維のようなアスペクト比(縦横寸法比)が高い形状の異物だという事です。例えば前出のガラスビーズ(中)は直径150μm程度のサイズですが、これを振り撒くと丁度砂時計の砂のようにそのまま真下に落下し、1m/s程度の風速では”浮遊”はせずそのまま落下位置に留まります。

 

直径500μmのガラスビーズ(大)に至ってはボールのようにそのまま落下しプレートの上で数回弾むような挙動を見せますので、よほどの強風が吹かない限りは”浮遊”というような状況にはなりません。

更に浮遊塵の空気中での挙動の近似式の一つである「ストークスの方程式」を眺めながら考えてみます。

ビーズのような球形の物体を空気中で離すと引力によって落下する訳ですが、同時に空気抵抗も受けるため最終的にはある一定の速度(終末速度)になります。この速度がクリーン化に重要な意味を持つのは、異物はこの終末速度以上の風速がある環境では浮遊を続ける(=クリーン度が上がらない)ためです。また一度重力で床面などに落下しても、終末速度以上の風が当たると再び舞い上がる可能性が高くなります。

 

方程式の中身は終末速度は浮遊塵の”直径の2乗”と”密度”に比例することを示しています。異物のサイズが大きいほど、また異物の密度が大きいほど終末速度が大きくなる(=舞い上がりにくい)というのは大体のイメージに合っていると思います。仮に数100μmの異物が数μmの異物と同様にいつまでも空気中に漂うとすれば、いつまでたっても不良品は減らず、花粉症も長引き、青空も今よりずっと少なくなってしまうでしょう。

 

ここで問題なのはストークスの方程式が”球体"を仮定している事です。一般的に同じ質量・密度であれば球形はかなり空気抵抗が小さい形状で終末速度も大きくなります。同じ物体を細長く引き伸ばしたとすると同じ質量でも空気抵抗が増える事になり、あたかも異物が翼を得たように終末速度が下がります。タンポポの綿毛を思い浮かべたほうが良いかもしれません。こうした効果により繊維のように細長い形状の異物はいつまでも浮遊し、広い範囲に影響を及ぼす可能性が高くなります。

 

ISO14644-1などのクリーン度規格は、サイズの小さな異物ほど数が多く、異物が大きくなるに従って数が少なくなるという原則に基づいています。

確かにストークスの方程式から見ればこれは(大きい異物ほど早々に落下して空中からは退場するはずなので)正しいようにも見えるのですが、この方程式の前提〜球体〜から外れた繊維状異物などについてもそのまま適用できるのでしょうか?

 

更に言えば仮に浮遊塵の測定で数10μmが測定されなければ、それ以上の長辺数100μmを超えるような粗大異物は本当に存在しないと見て良いのでしょうか?

 

そもそもこれまでの改善の実務上でこうした点に疑問を持たざるを得ないケースが多かった事がAPC開発のきっかけの一つになっているのですが、次回もこの辺りの実験結果等も含めながら更に深掘りする予定です。