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原則と現実

 

世の中には様々な「原則」と呼ばれる基本ルールがあります。

ためしにグーグルで「3原則」,「4原則」,「5原則」などを検索してみると様々な業界や組織の中で、長い時間をかけて導き出された原則がたくさん見つかります。

 

工場のクリーン化を考える際に必ず引き合いに出されるのが、いわゆる「クリーン化4原則」です。異物に関する「持ち込まない」・「発生させない」・「堆積させない」・「排除する」などの原則は、半導体を取り扱うような、いわゆるクリーンルームでは有効に機能しているように見えます。

 

一方で昔から疑問だったのは、原則がたった4つしかないシンプルな問題が、なぜ塗装工程のような多くの製造現場では半ば諦めムードの中で往々にして「永遠の課題」と呼ばれるような状況になってしまっているのかという事です。たった4つの原則に従って改善を進めれば良いのならば、なぜ優秀な技術者も多い日本の工場ですら容易に改善が進まないのでしょうか?

 

その理由の一つは塗装工程が抱える多くの「矛盾」にあるように思います。

例えば先の原則の一つ「発生させない」については、最大の異物発生源であるスプレー塗装工程が工場の中にある事が問題を難しくしています。言葉は悪いですが工場のど真ん中で大量の異物が吹き散らかされているという矛盾があるのが現実です。

 

また、そのスプレーミストを排出するために大量の排気を行う必要がでてきますが、この排気による負圧で今度は外気を工程内に吸い込みやすくなり、ここでも「持ち込まない」という原則を維持するのが困難になっています。こうした矛盾は他にもたくさんありますが、塗装工程のクリーン化の難しさの理由の一つにはこのような「矛盾」にあるという事です。

 

こうした現実があるところに「原則」をあてはめたらどうなるでしょう。

発生させないのが良いのは誰でもわかっています。でもスプレーをやめたら塗装ができません。(当たり前ですね)

排気の負圧で異物が吸い込まれているのも少し調べればわかる話ですが、もちろんブースの排気をやめるわけにはいきません。

「原則」から外れている問題の多くはその他に根本原因があるので、それをそのまま当てはめようとしても上手くいかないのです。

 

ロシアの文豪トルストイは小説「アンナ・カレーニナ」の冒頭で「幸せな家族はどれもみな同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」と述べています。

「幸せな家族」を良好な工程と読み替えると、「同じように見える」というのは結果として表に現れる4原則なのだろうと思います。つまり上手くいっている工場は結果として4原則を満たしているということです。

反面「不幸な家族」の根にはそれぞれの要因があります。こうした不幸な家族に幸せな家族の形(=原則)をそのまま当てはめようとしても、恐らく上手くは行かないでしょう。同様にうまく行っていない工場に単純に4原則を当てはめても上手くはいきません。

 

問題がある工程の根本要因は多くの場合目には見えません。そのため良かれと思ってやっている事が効果が無かったり、ひどい場合にはまったく逆効果になっていたりします。「掃除をしたからきれいになっているはず」、「この作業はこうあるべき」といった思い込を排除し、現実を「見える化」して根本要因に迫る必要があるのです。

 

もちろん長い時間をかけて抽出された原則は重要で、それから外れる箇所には何らか問題が存在する事を示してくれます。また原則と現実は対立する概念ではなく、多くの場合同じ事象を表と裏から見ているだけの事に過ぎません。私もお客様の現場に臨む際には半ば無意識にクリーン化4原則に照らし合わせながら問題点を探索していきます。

 

それでもここで強調しておかなければならないのは、原則は必ずしもその状況を改善するための方向を示してくれる訳ではないという事です。特にクリーン化関連の改善は相手が目に見えないことから、ともすれば「原則」の型を無理に当てはめるような指摘がなされがちですので注意が必要です。

 

「原則」に基づく改善がうまくいっていないと感じる場合、一度「はず」、「べき」のフィルターを外して「現実」を見てみてはいかがでしょうか。一見複雑でどこから手をつければ良いかわからない状況でも、ポイントとなるいくつかの現実が見えてしまえば、そこから導き出される解決策は多くの場合、極めてシンプルなものになります。

その意味で様々な見える化手法の最も重要な意義の一つは、通常目には見えない「現実」を見るための新たな視点を提供してくれる事だと言えます。