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「付着」のメカニズム②

 

前回お話した3つの力(気流・静電気力・重力)によって、製品などの物体表面に運ばれたホコリなどの微細な異物ですが、この段階ではまだ単に物体に接触しただけです。

一例として異物の代わりに小さな鉄球が板の上に乗っているケースを考えてみます。

この状態で板を傾けるとどうなるでしょうか?

当然鉄球がコロコロと転がり落ちるシーンが想像されますが、これは「付着」という言葉から感じるイメージとは異なると思います。

 

もちろん鉄球とホコリでは質量が違いますが、実際に物体表面に付着したホコリは、物体をひっくり返そうが多少のエアブローを吹き付けようが表面にしつこく残りますのでなんらかの”力”が働いているはずです。この付着力は何に起因するのでしょうか。

 

もう一つの例として皆さんの部屋の片隅、テレビや冷蔵庫の裏側を考えてみてください。多分白っぽいホコリが多く見つけられるのではないかと思います。(無かったらすみません)

こうしたホコリに息を強く吹き付ければ、舞い上がるものも多いでしょうが、もちろんそれだけで完全に綺麗になる事はないでしょう。

 

こうしたホコリは最初の段階では気流や重力などの働きによって、静かにまるで雪が降り積もるように落下した訳ですが、いつからこんなにしつこく「付着」したのでしょうか。

この状況を説明するためにはもう一つ別の力に登場してもらう必要があります。

 

こうした付着力の原動力となっているのが「ファンデルワールス力」だと言われています。

ファンデルワールス力は分子間力の一種で、2つの物体の距離が非常に小さい時に各分子内の電荷の偏りに起因して働く力です。

 

ファンデルワールス力の典型的な例がラップフィルムが貼り付く力です。ラップフィルム自体には粘着力はほとんどありませんが、例えば滑らかな食器やラップフィルム同志にはよくくっつきます。これはラップフィルムがしなやかで貼り付ける対象物表面によくフィットする(≒距離が近づく)ことによりファンデルワールス力が強く顕れるためだと言われています。

 

ホコリも表面に付着した直後ならば、軽く息を吹きかけただけで飛ばすことができますが、同じホコリも時間が経つとちょとやそっとでは剥がれなくなります。重力によって付着したホコリと物体表面の接触部分を考えてみると、ホコリは重力によって表面に押し付けられて徐々に変形し、接触面積を増やしていくと考えられますので、ファンデルワールス力も徐々に強くなっていくのではないかと思われます。

 

またファンデルワールス力のもう一つの典型的な例としてガラスの「水貼り」があります。綺麗な2枚のガラスの間に水を挟んで密着させた後、水分が乾燥すると2枚のガラスはかなりの強さで接着されます。この接着力には大気圧による減圧吸着力も含まれますが、水分が乾燥する過程で2枚のガラスの距離が近づく事によってファンデルワールス力が強く発現する事も接着力を構成していると言われています。

 

水分や溶剤などの液体を含んだホコリが乾燥後より強く付着する場合がありますが、これも異物表面に水分が付着することで水貼りと同じような事象が発生しているものと考えられます。

 

静電気対策としての加湿は広く行われています。例えば湿度80%を超えると摩擦などによる帯電もかなり減りますし、更に90%を超えるような環境では既に帯電した素材でも自然放電によって急速に帯電量が減っていきます。ところが湿度が高くなると逆にホコリの付着力が高くなり、エアブローなどで容易に除去できなくなる場合があります。これもファンデルワールス力の影響を考えれば説明できる事なのですが、とにかくあまり高い湿度にはご注意を。

 

話が若干それましたが、まずここで強調しておきたいのは異物付着の原動力であるファンデルワールス力は時間の経過によって強くなる傾向があるため、異物除去は出来るだけ早いタイミングで行う必要があるという事です。

エアブロー程度で飛ばせるうちはまだしも、そのタイミングを逃すとブラシやモップやウェス拭きあるいは溶剤拭き、更には素材洗浄などの追加の除塵工程が必要になります。それぞれの工程では当然コストが発生しますし除塵能力も100%ではありません(実際には100%には程遠い場合が殆どです)。他に除塵作業自体による副作用もありますので、ここでも出来るだけ早いタイミング、そしてより上流工程で手を打つというのが原則となります。

 

最後に今回の一連の話をまとめると、異物の付着は第1段で3つの力すなわち”気流”、”静電気力”、”重力”によって異物が物体表面に運ばれ、第2段階で異物が一定時間物体表面にとどまることによって”ファンデルワールス力”を得る事で完了するというのが全体像になります。

更にこれら4つの力(4F)に環境の要因すなわち周囲にどれだけの異物が存在するかという観点(1E)を加えた”4F+1E"で付着事象全体を俯瞰する事ができます。

 

こうした視点から考えてみると、一般的には異物の影響を低減させるためには環境要因"1E"への働きかけ、いわゆるクリーン化を進めるのが王道な訳ですが、付着事象全体を考えた場合これが唯一の方法なのかという疑問が湧くと思います。

そして実際のところそれぞれの要因(4F+1E)の付着に対する寄与率はどの程度なのでしょうか。

私もこの点については長い間疑問に思っていたのですが、昨今のコロナウィルスの感染拡大を契機に、まとまった時間をかけて付着事象を定量的に捉えるための実験を進めています。現在はその途中段階ではありますがいくつかの面白い知見も得られています。

 

今は世界全体が大変な時期にあり、日本の物づくりの現場もこれまで経験のない局面をむかえています。先が見えにくい中ではありますが、一つ確かなのはこれまでの多くの危機と同じく、こうした状況は必ず改善して再び前に進む日が来るし、その先には必ず進歩があるという事です。

 

その時のために今出来る事、一歩でも前に進む道を探していきましょう。

私もこうした時間を少しでも生かして、これまで以上に価値のある情報をお客様にフィードバックできる日を楽しみにしながら研究や開発を進めていきたいと思います。