製造工程で付着する異物は様々な不具合を引き起こします。半導体の製造工程などで問題となるような数μm程度より小さな異物は、パーティクルカウンターなどの測定器で見える化(定量化)し工程管理や改善にフィードバックする手法が確立されています。一方塗装工程などで同じアプローチをとった場合、5μmや10μmといった比較的小さな浮遊塵は少ないのにも関わらず、実際の製品上には数100μmの異物が付着し、決して少なくない品質不良を引き起こしているという現実に直面する事があります。
一般に浮遊塵のサイズと個数には反比例の関係があると考えられるため、例えば50μmの浮遊塵が検出されなければ、それ以上のサイズの異物は存在するはずがないという”仮説”があると思います。でも「本当にそうなのか?」、「では実際に製品に付着している数100μmの異物はどこから来たのか?」そういった違和感を感じながら改善に取り組んでいる方も多いのではないでしょうか。
一つ問題なのは数100μmを超えるような粗大粒子を浮遊塵として捉える事が出来るかという点です。このような粗大な異物は空気中を浮遊するよりも短時間で落下する傾向が強く、浮遊状態で吸引するにはこの落下速度を上回る風速で吸い込む必要がありますが、実際にはクリーンルームなどでは数100μmを超えるような異物は”有るはずがない”もので、完全に想定外なのでしょう。現実にこのようなサイズの浮遊塵を有効に計測する装置は目にした事がありません。しかし塗装工程などの多くの製造工程ではこのサイズの異物こそ問題です。
ここで少し見方を変えれば製品上に落下・付着する事で問題になる粗大異物は、付着した状態で捕捉した方が現実を反映したデータが得られるのかもしれません。CELでは長年に渡ってこうした付着塵を見える化する技術の研究開発やこれを用いた実験を進めてきましたが、この結果として現在では前述の”仮説”は単なる思い込みであったという結論に至っています。50μmの「浮遊塵」が検出されない環境下であっても、数100μmの「付着塵」が多く発生するという事が実際に起こるのです。
以下ではこの装置の開発ストーリーを少しお話します。
左の写真は2015年頃に製作した付着塵カウント装置1号機です。光源のレーザー光を特殊なレンズで広げる事によってプレート上の異物を可視化し、定期的にカメラで撮影する方式でした。外光の影響を避けるための遮光フードが撮影タイミングと同期して自動的に下りてくる仕様となっています。異物カウントは汎用の画像分析ソフトでバッチ処理を行っていました。
自動的に付着塵がカウントできると言う点では記念すべき第一号機ですが、装置が大掛かりになる事や、レーザーの光軸調整がシビアな事、物理的にフードを動作させる関係であまり短い測定間隔に設定できない事などから現在は現役を引退しています。
付着塵を可視化するための装置のもう一つの流れとして、実際の生産ライン内部など普通では目で見る事ができない場所に投入してその現実を記録するためのコンパクトな付着塵可視化装置の開発があります。右は2016年頃に作成したプロトタイプで、プレート上の異物をLEDライトで可視化し、スマートフォンでビデオ録画するというものでした。この当時はただ単に録画するだけでしたので撮影後にビデオ映像を確認し評価する必要がありましたが、ライン内部の異物付着状況に光を当てるという点では画期的(かつ原始的?)な装置でした。
上記2機種を統合する形で2017年頃に開発し実戦投入したのが付着塵ロガー(APL)です。光源を専用設計し、バッテリーを増強する事でライン内で数時間連続記録することが可能になりました。また結果を動画として確認できる事はもちろん、画像処理技術を利用してフルオートで自動カウントする事が可能になりました。これによって付着塵量が時間軸の上で見えるようになる〜定量化〜が初めて実現しました。この装置によってカウントできる異物の大きさは概ね50μm以上で、最新の機種と比べで精度の点では一歩劣りますが、コンパクトさや必要な工程に躊躇なく投入できるフットワークの軽さなどからバーションアップを繰り返しながら現在も現役で活躍しています。
付着塵関連装置の最新モデルが付着塵カウンター(APC)です。APLを更に発展させて検出面積を拡大し、高解像度カメラ&レンズを採用して照明をパワーアップした事に加え、処理能力の高いコンピューター上でリアルタイムに画像処理を行う仕様をなった事により異物検出能力はAPLの約10倍になっています。これにより20μm程度の異物からカウント対象となった事の他、解析ソフトの性能アップで各異物のサイズまで計測・記録する事が可能になっています。たとえ数千個の異物が付着していてもサイズ測定も含めてカウントは一瞬で完了します。同じ事を手作業でやろうとしたら、たった1枚の画像に丸1日かけても正しい結果を得る事は出来ないかもしれません。まさに現在のコンピューターの能力の高さを改めて感じる処理でもあります。
この写真はAPCの測定結果例ですが、プレート上に約1000個の異物が検出されています。緑色の四角枠の中に検出した異物があり、各枠横の数字が異物サイズを表しています。
この装置は基本的にクリーン度が管理されている空間での使用を前提としていますので、普通これほど多くの異物が検出される事はない”はず”なのですが、現実の方がそうした想定を軽々と超えている事は決して珍しい事ではないようです。
この装置は特に浮遊塵として捉える事が困難な50μmを超えるようなサイズの粗大異物の付着実態をリアルタイムに捉える事ができるという点では現在唯一の選択肢となっています。塗装工程などの製造工程で問題となる事が多いのがまさにこうしたサイズの異物である事から、今後益々活躍する機会が増えていくものと考え日々改良を進めています。
誤解の無いように記しておきますが、今後もパーティクルカウンターなどの浮遊塵測定装置はクリーン度の維持管理の必須アイテムです。浮遊塵量は私たちの体で例えれば体温や血圧のように基本的かつ重要なデータで、どれだけCTスキャナーやMRI・PETなどの新しい手法が発展したとしても体温を測定しない医者はいないと思いますし、体温が正常だという事は健康の必要条件の一つです。こうした基礎的なデータに最新の手法による視点を加える事で初めて適切な診断を行うことが出来ます。
塗装工程などの製造工程でも異物不良が少ない製品を安定して生み出すためには、浮遊塵量が一定以下であることが『必要条件』です。同時に必ずしも『十分条件』ではないという点には注意で、ここに新しい視点を取り入れる意味があります。「クリーンルームのはずなのに問題となっているのはもっと大きな異物による不具合だ」、「パーティクルカウンターの測定値と異物不良の発生に相関が見られない」などの場合は、浮遊塵として捉える事が困難な(50μmを超えるような)粗大異物の問題を示唆しているのかもしれません。
このコーナーでは今後も随時、付着塵関係の実験結果など新たに得られた知見も掲載していく予定です。