前回分子内の電荷の偏りによりファンデルワールス力が発生するというお話をしながら考えていたのですが、これとよく似た事象がクリーン化に大きな影響を与えている場合があります。
それが「静電気力」がもつある性質なのですが、まず静電気による引力(および斥力)を表すクーロンの法則を眺めてみましょう。
この式は2つの帯電した物体間に働く力(クーロン力)はそれぞれの電荷量の積(q1・q2)に比例し、距離rの2乗に反比例する事を示しています。電荷量にはプラスとマイナスがあり、積がプラスになる場合は斥力(遠ざかろうとする力)に、マイナスになる場合は引力(吸着力)になりますので、異物対策のためにはこのクーロン引力をゼロにするために静電気を除去(除電)する事が大切です。
と、ここまではクリーン化に取り組む方であれば、そして何よりもこのページをご覧の皆さんであれば既にご存知の内容ではないかと思います。
それでは昔懐かしいもう一つの実験を見て下さい。理科の実験などで経験された方も多いと思いますが、水道の蛇口から出た水に帯電した定規などを近づけると、水は定規に吸い寄せられます。
水を曲げているのは先ほどのクーロンの法則から導き出された「クーロン力」のはずです。この実験では樹脂板は摩擦によって-3kV程度に帯電しています。クーロンの法則によると樹脂板と水の間に引力が発生しているということは少なくとも水の側はプラスに帯電しているという事になります。
ここで若干違和感を感じる方もおられるのではないでしょうか。
そもそも蛇口から出た直後の水というのは帯電しているものなのでしょうか?
仮に水道管との摩擦で若干の静電気が発生する事があったとしても、水道水には若干の導電性がありますので、帯電という状況にはなりにくいような気がします。水道管も(金属性のものであれば)地中にアースされているはずです。
しかし毎度申し上げている通り、「〜ような気がする」や「〜されているはず」という思い込みには要注意です。
常日頃、見える化を標榜する立場としては放っておくことは出来ません。
現物を実際に測ってみましょう。
はい、やはり水道水は帯電していません。
ではなぜ樹脂板に吸い寄せられたのでしょうか?
クーロンの法則によれば、どちらかの帯電がゼロならクーロン力はゼロのはすです。水を吸い寄せたのはクーロン力ではないのでしょうか?
あるいはクーロンの法則が間違っているのでしょうか?
もちろん200年以上も多くの分野に貢献してきた法則がこんなところで簡単に破綻する訳はありません。
先に結論を言ってしまうと2つの物体のどちらかが帯電していればもう片方の帯電量がゼロでもクーロンの法則による引力が発生します。いわばクーロン力の裏技とでもいうべきそのメカニズムは前回のファンデルワールス力の発現原理と似ているのですが、この場合大きく分けて2種類のメカニズムがあります。
まず2つの物体の両方がプラスチックのような誘電体(絶縁体)のケースです。このケースで一方の帯電物が誘電体に近づくと「誘電分極」と言われる現象が発生します。
もちろん誘電体の中の電子は自由に動き回れませんが、前回のファンデルワールス力のように分子内の電荷の偏りにより物体表面には帯電粒子の反対の電荷が整列します。このため誘電体自体が帯電していない(=全体的には電荷のバランスがとれている)としても帯電粒子は引きつけられて最終的に付着します。
一方、金属などの導電体の場合には「静電誘導」と呼ばれる事象が発生します。導電体には内部を動き回れる自由電子が多数存在するため、誘電体の場合よりシンプルに電子が内部で大きく移動すると考えられます。
この静電誘導の場合でも全体的には電荷がバランスしていますが、帯電粒子が接近すると導電体表面に反対の電荷が整列し、結果として帯電粒子を引きつけます。
という訳で今回はファンデルワールス力からの繋がりで、クーロンの法則を解釈する上でのちょっとした落とし穴についてご説明しました。
どちらかの帯電量がゼロでも、あるいはアースされた金属のような帯電しない物体に対してもクーロン力による付着が起きる可能性があると言う事実をご理解頂けたかと思います。