孫子の兵法では「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。敵を知らず、己を知れば一勝一敗」と言われています。不良対策を色々と行なっているのに思うような効果がない場合や、問題が再発を繰り返すような場合には“敵”が見えているかを問い直す必要があるかもしれません。今回は不良品の分析によって”敵”(=原因異物)を見える化する方法がテーマです。
原因異物の分析方法
不良現品を目視検査する事で原因異物を層別している工場は多いのではないかと思いますが、肉眼による目視判定だけではやはり限界があります。例えば粒状の異物が原因と判定されていた不良品の殆どが実際には糸ゴミが原因だったなどという事は比較的多くの現場で経験します。一般的に粒状の異物が原因の場合と、繊維系の異物が原因の場合とでは侵入ルートもその対策も異なったものになりますので、こうした判定は正しく行う必要があります。
不良分析方法としてまず挙げられるのは光学顕微鏡です。代表的な単眼式顕微鏡や双眼式の実体顕微鏡、最近では3次元形状の把握が容易なレーザー顕微鏡などを使っている工場もあると思います。こうした光学顕微鏡によって得られる情報には異物の形状やサイズ、色調などがあり、不良の真因に到達するための貴重な手がかりを提供してくれます。
もし現在こうした顕微鏡をお使いでなければ、最もコストパフォーマンスの良いツールとしてお薦めするのはパソコンに接続して使用するUSB顕微鏡です。
USB顕微鏡にも様々なタイプのものがありますが、主な改善のターゲットがφ0.5mm前後のブツ不良ならば、倍率200倍前後で解像度1280×1024(SXGA)程度のものが数万円程度で市販されており使い勝手も良いです。安価なタイプでは解像度640×480(VGA)程度のものも存在しますが、画像が粗く異物の質感がつかみにくくなりますのでこの用途にはあまり適していません。
実際の観察に当たってはクリア系塗料の場合はそのまま上からの顕微鏡観察が可能です。照明の反射で見にくい場合は照度や照射角度を調整します。
ソリッド系やメタリック系塗料の場合は塗料の中に埋まった異物を直接観察することは出来ませんので、#1500〜3000程度のサンドペーパーでブツ表面を研磨して異物を露出させてから観察します。
異物不良改善を重点的に推進する場合には毎日10個程度の顕微鏡分析を行い、異物形状やサイズ・色調などで層別する事をお薦めしています。
その他の塗装不良の分析に使用される手法としては、非常に微細な領域の形状情報が得られる電子顕微鏡(SEM)、有機物の組成を分析する赤外線分光分析(FTIR)やラマン分光分析、元素情報を得るためにX線を用いたXPSやEDXなどがあります。必要に応じてこうした分析サービスを提供している会社や、お近くの工業技術センターなどに相談する事で改善の手掛かりになる情報が得られる場合があります。
“敵”の大きさは?
ところで一つ確認ですが、皆さんの工場の“敵”はどの位の大きさでしょうか?
一般的に塗料の中に混入した異物は塗料の表面張力などによって元々のサイズより大きなブツ不良となります。
実際にどれくらい大きくなるかは塗料や異物の性質によっても変化しますが、経験上異物サイズの5〜10倍程度に拡大することが多いようです。仮に10倍のブツになるとすると、φ0.5mmがブツ限度ならば500μm÷10=50μmより大きな異物は確実に排除されるべきで、これが本当に戦かうべき“敵”という事になります。前述のようにこの倍率は塗料の性質などによっても異なりますので、顕微鏡による異物分析を行う際には、是非この異物の拡大倍率を算出してみることをお薦めします。これに必要な道具は顕微鏡とブツのサイズを計測するための夾雑物測定シート(ドットゲージ)だけです。
相手にするべき異物のサイズが不明確なまま、異物対策が進められるケースは意外に多いものです。HEPAフィルター備え、0.5μmクラスの異物の侵入をシャットアウトしている塗装ブースに投入される塗装素材の表面に100μm以上の粗大異物が多く付着しているようなケースもあります。こうした残念な状況を避けるためにも、本当に問題となる異物のサイズがどの程度で、それが確実に除去されているかどうかは、実際に目で見て確かめる必要があるのです。
次回からはいよいよこの連載の主題の一つである、異物を見える化するための様々な手法を取り上げていきます。